初孫誕生ドキュメント

4月2日、庭の桜が一つだけ開花してるのを発見。
3月31日の夜に、東京・広尾の街路樹の桜は既に3〜4分咲きだった。

毎年思うんだけど、なんで桜の開花時期は、茅ヶ崎より横浜のほうが、横浜より東京の方が早いんだろう? 平均気温の高さは逆なハズなのに。

四半世紀ほど前、ケニヤが生まれたのは、当時の住まいから近い世田谷の国立大蔵病院だった。その頃は妻も働いていたので、出産後いろいろ手続きしたら差し引き30万円くらい儲かった(出産前の定期検診、出産入院費用を相殺してもなお)ことは、よーく覚えているけど。

ケニヤの妻も、出産直前に国立成育医療センター(元大蔵病院)で産む段取りに調整がついたので、それは何かの因果だと喜んでいたのも束の間、体調が急変した時にそこが受け入れ体制になかったため、急遽救急車で都立広尾病院に入院することになったのだった。それが3月31日(木)の昼頃。

入院の連絡を受けたものの、会社が年度末なため自由には動けず、夜に広尾へ。すでに陣痛が始まっていたが、まあ、明け方くらいになるだろうとのことだったので、妻と帰る。

夕食をとって生ビールで「これでひと安心だね」と長かった道のりに乾杯し、乗った東海道線の中で、ケニヤから「産まれた」メールが届く。2005年3月31日22時02分誕生。体重2555g。身長47.8cm。(予定日より12日早かった。かなり前の段階で男子であることは解っていた。)

それからしばらくは、妻のケータイに写メールの嵐。オレのケータイにもよこせ、とメール打つが、「バッテリー切れだから妻からもらって」との非情なメールが。 とほほ。

家について、清酒「初孫」で祝杯(既記述)。これはケニヤが産まれたとき、妻の実家にあって、当時のじいちゃんと呑んだなあ、と感慨深く。とりあえず、ケータイの待ち受け画面を、妻から転送されたケニヤ一家三人の写真に変更して、寝る。