さらばアメリカ

我々の子供のころの日本は、もはや「アメリカに戦争で負けた国」である状態から抜け出しており、戦後の復興がめざましい時代であり。我々の世代では、「永遠に戦争を否定する平和憲法を持つ国」としての誇りすら感じるステージに入っていたと思う。(そういう一律な教育をされていたわけでもあるが)

直接戦争を知らない我々の世代は、敵国=アメリカという構図ではなく、逆にアメリカ文化に異常なまでの憧れを抱き、それを吸収したいと切に願っていた。それが日本や我々自身が「近代化」することだと信じて。

留学のために渡米した直後は、「あーこんな国とまともに戦ったら負けるに決まってる」という実感だった。国土の大きさ、資源の豊富さ、国民個人の体格の良さ、都会のビルの高さ、自動車のかっこよさ、ガソリンの安さ、食い物の量の多さ、、、、何をとっても、アメリカの方が圧倒的に優位に感じたものだった。

あー、発想の仕方が違うなあ、とため息ついたのが、長距離バス(グレイハウンドね)に乗った時だった。日本の長距離バス(観光バスも然り)は、座席一つにつき一つの灰皿が、前の座席の背中に付いていて、当然その中に吸い殻を入れるようになっていたわけだが。アメリカのバスには灰皿が付いていない。別に当時だからバスの中で禁煙というわけでもない。吸い終わったら、床に捨てて靴でもみ消す方式で、要は床全体が灰皿というわけだ。

車庫に入って掃除をする際に、何十個もの灰皿の吸い殻を個別に掃除するよりも、バスの床にホースで水を流して一気に掃除する方が、どんなにラクで手間がかからないか。。。。この発想の違いをしっかり学ぶことが留学の目的の一つでもあるんだと、そのとき強く思ったことを覚えている。

でも、そんなことは、もうどうでもいい。遠い過去の想い出としてしまっておこう。ブッシュを再選させるようなアメリカには、申し訳ないけど 中指を立てて差し上げよう。それも両手で。  さらば、地に落ちたアメリカよ。

そのアメリカに追随しか出来ないでいる日本に棲んでいるモノとして、どうしなければならないのか、ほんとにしっかり考えねば。 あきらめるだけでなく。 自分の残りの人生より、子供の時代、孫の時代を見据えながら考えてゆかねば。